コッホヴルスト(Kochwurst)

コッホヴルストのコッホは、コッヘン(Kochen)という動詞が変化したものです。コッヘンは広義では「料理をする」という意味ですが、狭義では「煮る」、「茹でる」、「沸かす」と言った意味をもっています。コッホヴルストを文字通り日本語にすると「煮ソーセージ」というわけです。「それなら、ブリューヴルスト(茹ソーセージ)と同じようなものでしょう!「茹でる」も「煮る」も基本的には大差ない調理方法でしょう」と、きっと多くの方が思われていることでしょう。ブリューヴルストもコッホヴルストも同じ加熱処理をしたソーセージですが、その加工段階、それも一番初めで大きな違いがあるのです。

前回登場のブリューヴルストは、まず生の肉を挽いてスパイスや塩を加えて肉生地を作り、これをケーシングに詰めます。その後に茹でて出来上がります。一方、コッホヴルストでは、あらかじめ「茹でる」あるいは「煮る」などの加熱処理をした肉を用います。原料となる肉が「生」のものがブリューヴルスト、事前に「加熱した」肉を用いるのがコッホヴルスト、というのが大きな違いです。コッホヴルストは加熱された肉や豚の皮に、それぞれのレシピに従って内臓や脂身、あるいは血液といった様々な材料を加え、さらにスパイスや塩と混ぜ合わせて生地を作ります。これを天然あるいは人工のケーシングに充てんし、もう一度加熱して完成です。またレシピによっては、この後にくん煙をかけ、スモークの芳香を効かせるヴルストもあります。

コッホヴルストはブリューヴルストと違い、冷たい状態でのみスライスが可能で、日持ちもあまりしないことから、常に冷蔵庫内で保存し、なるべく早く消費しなければいけません。ただし現在ではビン詰めや缶詰にされたコッホヴルストも市場に出回っており、これらは常温で長期保存することができます。

コッホヴルストは少なくとも350種はあると言われていますが、大別すると、レバーヴルスト(Leberwurst=レバーソーセージ)、ブルートヴルスト(Blutwurst=血のソーセージ)、そしてジュルツヴルスト(Sülzwurst=アスピック寄せのソーセージ)の3つのタイプに分類されます。

これからこの3つのタイプを中心に、コッホヴルストについてご案内いたしましょう。

レバーヴルスト(Leberwurst)

ドイツのコッホヴルストの中で代表的なヴルストと言えるものがレバーヴルストです。その名の通り、レバー(肝臓)が入っているヴルストで、日本ではレバーペーストと呼ばれています。レバーヴルストはたいていの場合、パンに塗って食されます。朝食や軽食時に、あるいはサンドイッチにしてお弁当に持って出かけたり、ビールの友あるいはお客様のおもてなしの一品に、パンに塗り、その上にキュウリのピクルスや玉ネギの薄切りなどをトッピングし、カナッペとしても食べられます。レバーヴルストはドイツでは誰からも好まれているヴルストの一つなのです。またビン詰めや缶詰に加工され長期保存が出来るようになったものもあり、ドイツ国内はもとより、海外の消費者にもドイツの美味しい味を提供しています。

レバーヴルストはバリエーションが豊富で、豚肉に豚のレバーを加えたもの、牛肉に牛のレバーを加えたもの、また豚肉に仔牛のレバーを入れたものなどがあります。家禽肉にその家禽の心臓や胃などの内臓とレバーを使ったゲフリューゲル・レバ-ヴルスト(Geflügelleberwurst)も人気がある一品です。また世界三大珍味の一つであるトリフを細かくみじん切りにしたものを加えて作る高級なレバーヴルストもあります。

それぞれのレシピによって、レバーの分量比率や使用する肉の種類、またその他の素材も違ってきますが、多くの場合、豚肉あるいは牛肉に心臓などの内臓、玉ネギ、スパイスなどが用いられています。肉の挽き方にも細挽きあるいは粗挽きタイプのものがあり、スモークをかけたもの、かけないものなど、いろいろな種類のレバーヴルストが揃っています。

レバーヴルストに使われる肉と内臓は事前に一度加熱処理してから用います。また玉ネギを加えるときはみじん切りにしたものを、一度油でキツネ色に炒めてから加えるレシピもあります。そこへ生のレバー、塩や胡椒、カルダモン、ジンジャー、タイムやマジョラムなどのスパイスを加えて、肉生地を作ります。そしてこの肉生地を天然あるいは人工のケーシングに充てんし、最後にしっかりと加熱します。

ドイツ西部プファルツ地方で作られているプフェルツァー・レバーヴルスト(Pfälzer Leberwurst)や、ノルトライン・ヴェストファーレン州アーヘンのアーヘナー・レバーヴルスト(Aachener Leberwurst)、ベルリンのベルリーナー・ファイネ・レーバーヴルスト(Berliner Feine Leberwurst)など、多くの地方にその土地の名前が付けられたレバーヴルストがあり、その一つ一つが特徴ある味を持っています。

ブルートヴルスト(Blutwurst)

ドイツ語でブルート(Blut)とは血、血液のことを言います。ブルートヴルストは豚の血を加えて作ったヴルストです。ヴルストの色からロートヴルスト(Rotwurst)と呼ばれることもあります。因みにロート(Rot)はドイツ語で赤と言う意味ですので、文字通り「赤いソーセージ」というわけです。血の入ったソーセージの歴史は古く、古代ギリシャ・ローマ時代にまでにもさかのぼることができると言われ、食肉加工品の中では最も古いものの一つとされています。そしてドイツのみならず、世界各地にこのブルートヴルストのスペシャリティがあります。

ブルートヴルストは一目で血が入っているのがわかる赤黒い色を持ったヴルストですので、「食べるのはちょっとね・・」と敬遠される方もおいででしょう。でもいろいろな種類のスパイスが加えられており、血の臭いなどはありませんのでどうぞご安心を。一度ブルートヴルストを食すると、濃厚な味を持つこのヴルストのファンになる人も多いようです。スライスしたブルートヴルストをパンにのせたり、サラダにして食べたり、厚めに切ったものをフライパンでキツネ色に焼いて食したりします。

一般的な作り方を簡単にご紹介しますと、塩漬けされた豚の皮をボイルし加熱処理したものと、豚の背脂を挽きます。ここへ塩を加えた豚の血を混ぜ合わせ、練って肉生地を作ります。これをケーシングに充てんし、最後に時間をかけて茹でて出来上がりです。この後、くん煙をかけスモークを効かせるブルートヴルストもあります。またケーシングに詰める際に、ボイルした肉や豚の皮などを角切りや大き目の拍子木切りにして、これを生地に混ぜ込むヴルストも多くあります。切り口がきれいなモザイク模様になり、一層食欲をそそる一品です。

ブルートヴルストに添加されるスパイスは、胡椒、クローブ、ピメント(オールスパイス)、ナツメグ、マジョラム、タイムなど様々なものがあります。生あるいは炒めた玉ネギを入れる場合も多いようです。

ドイツでは多くの地方にその土地伝来のブルートヴルストがあり、使用する肉や加えられる素材、スパイスなどそれぞれの土地によって特徴ある味を持っています。

ライン地方とニーダーザクセン地方にはヒンメル・ウント・エルデ(Himmel und Erde)と呼ばれる郷土料理があります。「天と地」とネーミングされたこの料理は「天」からの贈り物であるリンゴをムース状にしたものと、「大地」から収穫されるジャガイモを茹で、混ぜ合わせて作ります。一般に、ブルートヴルストを焼いたものと一緒に供されます。特にケルンではこのブルート・ヴルストをフレンツ(Flönz)と呼び、土地の名物料理の一つとなっています。

ツンゲン・ブルートヴルスト(Zungenblutwurst)

ブルートヴルストのタイプの中で人気が高いのが、ツンゲン・ブルートヴルストです。ツンゲン(Zungen)とはドイツ語で「舌」という意味で、英語の「タン」(tongue)にあたります。ツンゲン・ブルートヴルストはタンの入ったブルート・ヴルストを指し、切り口に血の黒とタンのピンク、脂肪の白が見える、美しいヴルストです。

下処理をした豚のタンを塩漬けにした後、ボイルします。そしてタンの皮をむき、基本的なブルートヴルストの肉生地と一緒にケーシングに充てんし、時間をかけて茹でて出来上がりです。切り口にタンがきれいに出るように気を配って充てんされています。地方やレシピによって仔牛のタンを使うツンゲン・ブルートヴルストもあります。

ジュルツヴルスト(Sülzwurst)

ジュルツヴルストのジュルツェ(Sülze)とは、肉や豚皮さらには内臓などをアスピック(ゼリー)で寄せて作る、ヴルストのスペシャリティで、ズルツ(Sulz)とも呼ばれます。ジュルツェには塩漬けされた豚肉あるいは牛肉、仔牛肉、家禽肉などが使われます。あらゆる種類の肉が使われると言っても過言ではないほどで、豚肉と牛肉を合わせて用いることもありますし、豚皮やシュヴァイネ・マスケと呼ばれる豚の頭の肉、さらには内臓を入れて作るものもあります。

ジュルツェの作り方を簡単にご紹介しますと、肉をボイルした後、角切りや拍子木切りにします。白ワインあるいはビネガーを混ぜた肉スープを用意し、これにゼラチンを加えてゼリー液を作っておきます。そして肉を型に入れ、上からゼリー液を流し入れ、冷やし固めて出来上がりです。グリーン系の野菜やニンジン、マッシュルームなどのキノコ類、さらには果物やピスタチオなどを組み合わせて、色合いをきれいに演出しているジュルツェも多くみられます。

ジュルツヴルストは、多くの場合、冷やしたものをスライスして食します。濃厚で酸味のあるアスピックと肉が口の中で混ざり合い、美味しい味の二重奏を奏でます。パーティーの際のオードブルとして、また厚めに切って一品料理として、目からも味わえるヴルストです。

豚のタンを使ったツンゲンジュルツェ(Zungensülze)、豚の頭の肉を使ったシュヴァインス・コプフ・ジュルツェ(Schweinskopfsülze)、鶏や七面鳥の肉を使って作るゲフリューゲル・ジュルツェ(Geflügelsülze)など、ジュルツェのバリエーションも広く、また地方色豊かにあります。

ところで、ドイツの食品法規集(Das deutsche Lebensmittel)では、コーンド・ミート(Corned meat)や、プレス・ヴルスト(Presswurst)も、ジュルツ・ヴルストの仲間に属しています。

保存が効く食肉加工品として広く知られているコ-ンド・ビーフ(Corned beef)は、コンビーフとして日本でもお馴染みの食肉加工品で、塩漬けした牛肉を加熱してほぐし、牛脂でまとめ缶詰に詰めたものです。ドイツでもその英語名を使ってコーンド・ビーフと呼ばれることも多いのですが、「ドイチェス・コーンド・ビーフ」(Deutsches Corned Beef)が正しい呼び名です。ただし、ドイツのコーンド・ビーフは缶詰のコーンド・ビーフとは加工方法が異なり、ジュルツェと同じようにゼリー液で牛肉をまとめて作られています。従って、ドイツではコーンド・ビーフはコッホ・ヴルストの仲間に入るというわけです。

スライスタイプのジャーマン・コーンド・ビーフは大きめな長方形をしており、好みの厚さ、あるいは重さでの量り売り販売が一般的のようです。北ドイツ地方の名物料理「ラップスカウス」(Labskaus)は、このコーンド・ビーフに、マッシュポテトを混ぜて作る料理です。美味しそうですね。

プレスヴルスト(Presswurst)は豚肉と豚皮を主材料として、豚の胃袋に充てんされているのが一般的です。充てん後に、中身が均等になるようヴルストを2枚の板にはさみ、上から手で圧をかけることから「プレス」の名前がついたようです。

シュヴァルテン・マーゲン(Schwartenmagen)

代表的なプレスヴルストとしてあげられるのが、シュヴァルテン・マーゲンです。シュヴァルテンとは「皮」、そしてマーゲンは「胃、胃袋」という意味で、胃袋をケーシングとして用いて肉生地を詰めたものです。肉生地は一度茹でて加熱をした豚肉、豚皮を主材料に、脂身と塩、スパイス類等を混ぜ合わせて作ります。レシピによって、肉の挽き方も粗いものや細挽きのもの、さらには角切りあるいは拍子木切りにした肉片を加えて作る肉生地など様々あります。この肉生地を豚の胃袋に充てんし、茹でて完成です。

シュヴァルテン・マーゲンの呼び方は地方によって、また中に入れる肉の部位によって異なってくるようです。豚の頭の肉(Schweinemaske)や、コップフ・シュヴァルテン(Kopfschwarten)と呼ばれる豚の頭の皮を入れて作るヴルストは、プレスコップフ(Preßkopf)あるいはプレスザック(Preßsack)とも呼ばれています。このプレスザックはバイエルン地方とフランケン地方のスペシャリティです。さらに牛肉あるいは牛のタン、また豚の心臓を入れて作るものもあります。ただし、豚の血を加えて作るローター・シュヴァルテン・マーゲン(Roter Schwartenmagen)は、ジュルツヴルストではなく、ブルートヴルストの仲間に属します。